デンマークでモビリティの視点から都市デザインについて考えた

モビリティ

修士1年目の春学期に、Theories of the Network Cityという、モビリティの授業を受けました。今まで「モビリティ=交通」というイメージしかなかったものの、ずっと広い視点で「都市デザインが人の経験や感情に与える影響」などまで考えられるということが分かりました。もともと都市のデザインが人の暮らしをどれだけ良くできるのかということに興味を持って進学したため、1カ月という短期集中型の授業でしたが、「この授業を受けるためにデンマークに来たと言っても良いな…」というほど感銘を受けました。

学んだことを自分の中だけに留めるのはもったいないと思い、授業の責任者かつ主担当の教授であるオーレ・ヤンセン(Ole B. Jensen, https://vbn.aau.dk/en/persons/104214)氏に許可を求めたところ、ヤンセン氏も日本での研究に長年興味を持たれていたとのことで、快諾を頂き記事になりました。

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なぜ都市デザインにモビリティの視点が大切なのか

そもそも、都市デザインの分野では都市の形態や構造といった、「動かないもの」に注目することが一般的であるにも関わらず、なぜモビリティに注目する必要があるのでしょうか。

ヤンセン氏は、モビリティに注目することで、形態などだけに注目していた時には分からなかった、都市空間と社会・文化との繋がりが見えてくる、としています(2013)。これまでの都市デザインの視点をモビリティへの視点と置き換えるというよりも、「固定された」ものに対する視点に、「流動する」ものに対する視点を加える必要がある、としています(Jensen, 2013)。

モビリティの幅広い影響 – モビリティ・ターン

モビリティ・ターン」という言葉はモビリティの複雑さ、影響の大きさを表すためにイギリスの社会学者ジョン・アーリ(John Urry)氏によって創られたもので、モビリティは単にA地点からB地点への移動だけでなく、身体的、社会的、経済的、そして文化的な影響についても研究の対象となる、としています(’Mobility is more than A to B’, 図1)(Jensen, 2013)。

図1 モビリティ・ターンの解釈

もともとモビリティは、社会学の一分野だったのですが、「モビリティ・ターン」という言葉の背景には、モビリティという学問自体の着眼点の変化があります。イギリスの社会学者アーリ氏は、著書’Sociology beyond Societies’ (2000)の中で、社会学が社会を見るために使われる時、社会は共通文化を持った空間として見られるが、モビリティの視点から見ると社会は様々なスケールを超えた関係やネットワークとなる、と記しています。

こうしたことから、異なる都市や学問分野をまたいだ研究が行われるようになり、「経過」や「速さ」などの「流れ(Flow)」という視点がモビリティの分野で大変重要になりました(Jensen, 2013)。

興味深いのは、モビリティの研究対象は人だけでなく、物品、情報、サイン、時にはエネルギーまで、多岐に渡ることです(Jensen, 2013)。さらに、「都市空間を移動するもの」だけでなく、建築物から工作物まで、移動しない「都市を構成するもの」も研究の対象としています。(これについては、「アクター・ネットワーク・セオリー」で詳しく説明します。)

人・物・都市の関係 – ステージング・モビリティ

これは都市空間を舞台に見立てることで、人や物体、空間の関係を見つめ直すというヤンセン氏の理論(図2)(Jensen, 2013)で、社会学の父の一人と言われるドイツ出身のゲオルク・ジンメル(Georg Simmel)氏と、フランスのミクロ社会学者であるアーヴィング・ゴッフマン(Erving Goffman)氏、そしてアメリカの都市計画家、都市デザイナーであるケビン・リンチ(Kevin Lynch)氏のモビリティに対する考え方を元にしています(Jensen, 2013)。

まず、都市という舞台を俯瞰すると、監督など上の立場にあたる人によって演出された「上からの演出」(道などのデザインや規制など)とそこにいる人たち自身が演出した「下からの演出」(立ち止まる、座る、遊ぶなどの行動)が見られると言えます。さらに、その空間にある流れは3つの視点から観察できるとしていて、「物質的な環境(道路・工作物・建築物・さらにはインターネット)」、「社会的な交流(人との関わりだけでなく、空間の中の物やテクノロジーとの関わりも含む)」、「(歩行や自転車、自動車などの交通手段によって)具現化された演技(行動)」が挙げられています。

この理論の特徴は、社会学で忘れられがちな物質的な環境を考慮に入れることで、モビリティ分野と、建築・都市デザインなどデザインに関連する分野との繋がりを作っていることと言えます(Jensen, 2013)。

図2 ステージング・モビリティのモデル

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ステージング・モビリティより、人の動きを観察する二つの眼鏡 – リバーとバレエ

このステージング・モビリティの視点を元に、ヤンセン氏は人・物・空間の関係を把握するのに役立つ13のコンセプトを提唱しています。ここでは主に4つ紹介します。

まず、人や車、自転車などの動きを把握するための「リバー」と「バレエ」というコンセプトです。「リバー」はその名の通り人や物の様々な流れを川のように捉え、その場所における大きな流れを把握します(図3)(Jensen, 2013)。数量や方向など定量的なことを観察するだけでなく、動きを「川」と考えることで、「堆積物」となるもの(路上に停められた車、歩道の障害物、時には人の集まりも)が街の中にないかということや「川底」(道路の状態)がどうなっているか、などということも考えられるようになります(Jensen, 2013)。

一方「バレエ」は、一つ一つのものの動き方に注目しています(図3)。これはアメリカの文筆家兼活動家であるジェイン・ジェイコブス(Jane Jacobs)氏が提唱した「歩道のバレエ」という、都市の道路での多様な交流を観察する視点に着想を得ています(Jensen, 2013)。

前出のステージング・モビリティの図(図2)と結びつけると、リバーのコンセプトは「上からの演出」の視点と、またバレエのコンセプトは「下からの演出」の視点と重なることがわかります。

さらに興味深いのは、これら2つの視点で観察するときに、観察地点の高さが重要になるということです。「リバー」の視点から全体の動きを捉えたい時は建物の2階など高いところから、「バレエ」の視点から細かな行動を観察したいときは観察対象と同じ地上から見ることが望ましいとされています(Jensen, 2013)。

実際に、この授業の後のプロジェクトで、高さを変えて2つの視点から観察したのですが、見えるものが明らかに違うということが身をもって分かりました。例えば、高い地点から見た場合、自動車や自転車、歩行者など様々な形態のものが複数の方向を行き来することを把握することが容易ですが、移動している時の様子までは分かりません。しかし地上で観察した場合、スピードの緩急が分かるだけでなく、例えば自転車のヘルメットの紐が結ばれていないから、安全性はあまり気にかけていないのだな、などということまで見えたりします。

図3 リバー(線)とバレエ(円)のコンセプト

ステージング・モビリティより、周辺の大きな動きを把握する眼鏡 – ソーシャルペタルとソーシャルフーガル

次に紹介したいのがシオペタル」「ソシオフーガル」という捉え方です。これはある中心的な場所とその周辺の人などのものの全体的な動きを把握するもので、その場所が流れを拡散させているのか(ソシオフーガル)、もしくは流れを集約させているのか(ソシオペタル。ペタルは花弁という意味です。)、ということを見ることができます(図4)(Jensen, 2013)。

これはどちらか一方のみが当てはままる、という訳ではなく、例えば大規模な駅などはソシオペタルとソシオフーガルの両方の機能を持っていると言えます。(たくさんの人が集まると同時に、多くの人が市内へと散らばっていくため。)このコンセプトは、対象地域の課題を把握する上で大変有効でした。

図4 ソシオペタル(左)とソシオフーガル(右)のコンセプト
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人も物もネットワークの構成部員 – アクター・ネットワーク・セオリー

アクター・ネットワーク・セオリーとは、都市空間において、建築物や工作物などの動かないものを「孤立した物体」として扱うのではなく、「他のものとの関係性をもつもの」として扱い、動かないものと、人など動くものとの多様かつダイナミックな関係性を考えるというものです。(Jensen, Lanng & Wind, 2016)

これはフランスの哲学者・人類学者・社会学者であるブルーノ・ラトゥール(Bruno Latour)氏が提唱したもので、ある状態に変化をもたらす物全てを、俳優のように特定の役割を持つ動作主体であるアクター(actor)として捉えています(Latour, 2005)。物体の状態やそのものの可能性ではなく「そのものが実際になにをしているのか」、ということに注目することで、素材や形態などと、人の行動との関連が見えてきます。例えば、狭い階段を歩いていて反対方向から人が来て、気づかないふりをすることが難しい場合、階段のデザインが、面と面との会話を促している、と考えることができます(Yaneva, 2009)。建築物や都市空間はそうしたアクターの集まりであり、人はその中で様々なものと関わり、影響を受けながら暮らしている、と言えます。

それまでは現地調査で歩道や階段、ベンチなどを見ても、その場所やデザインを記録して終わってしまうことが多くありましたが、それらの実際の働きに注目することで、その空間を利用する人の経験を客観的に考察できるようになりました。

また、日本では神道で八百万の神と言うように、身の回りの様々なものに神が宿ると考えていたことが、動かないものにも命を与える発想に繋がり、アニメや漫画において独自の文化が育った、という話を聞いたことがあります。アクター・ネットワーク・セオリーでは、物はあくまでも作り手の代弁者で、そのもの自身の意思は持たないものとして扱われていますが、様々な時代の多様な人によって作られたものがある場所に置かれ、作り手の意図を反映させながらその時々で異なるコネクションを作っている、という考え方は、都市の活気やダイナミックさを感じる新たな視点となりました。

知らずに誰かを傷つけていないか – ダーク・デザイン

これはアクター・ネットワーク・セオリーの中に含まれるコンセプトも言えるのですが、都市空間の何気ないものの中に潜む、特定のグループの人を排除するデザインを指します(Jensen, 2019)。もともと社会科学の分野で使われていた、権力や社会的排除を隠喩する「ダーク」という言葉を、ヤンセン氏がモビリティの分野に応用しています(Jensen, 2019)。例としては、ホームレスの人が滞在しないようにするための路面の突起や、ひじ掛けなどで短く区切られたベンチなどが挙げられます。ダーク・デザインは意図的に特定のグループの人のアクセスを絶つ場合だけでなく、例えば段差で車いすの人が通れない場合など、意図せずにアクセスを絶っていた場合も該当します(Jensen, 2019)。そして利用者の身体に直接働きかける分、張り紙などよりも強力なメッセージとなります(Jensen, 2019)。(ダーク・デザインは物理的なデザインだけでなく、交通システムなどのデザインにも見られますが、この記事では都市デザインと関連の深い物理的なデザインに注目しています。)

オランダの技術分野の哲学者であるピーター・ポール・バービーグ(Peter-Paul Verbeek)は、もの自体に意図はなくても、ものは作り手の意図を反映している、としています。都市の中の工作物等はその地域のモラルを反映するものとして見なされるため、デザイナーに注意を喚起しています。(Verbeek, 2005)

本当に全ての人にとってダークでないデザインとするのはハードルの高いことかもしれませんが、少なくとも自分たちが作ろうとしているものが、誰にどのようなメッセージを与える可能性があるか、と考えることはデザインプロセスの中でとても大切なことだと思いました。

図5 ひじ掛けで短く区切られたベンチ(左)と地面の段差(右)
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制限にとらわれない理想が革新を起こす – ユートピアン・セオリー

ここでは都市の「流れ」というのを、時間軸の中で捉えています。ユートピアン・セオリーというのは理想的な未来を詳細に描くことによって、現状を打破する画期的なアイデアを作りながら、そこに到達するための道筋を見つけることができる、というものです(Friedmann, 2002)。1970年代からフランスのマルクス主義社会学者アンリ・ルフェーブル(Henri Lefebvre)によって都市計画などの分野に応用されるようになりました(Jensen & Freudendal,2012)。

ユートピアは、ギリシャ語で「実現しない場所」という意味の言葉を語源としていますが、コミュニティ・地域計画分野のジョン・フリードマン(John Friedmann)氏は、ユートピアン・セオリーが単なる夢想ではない、と言える理由をいくつか上げています。初めにユートピアン・セオリーを元にしたアイデアは現状の課題を起点としていること、そして具体的な未来像を描くことで市民など幅広い人が議論に参加することが可能になり、政治活動に発展する可能性を持っていることからです(Friedmann, 2002)。また、アーリ氏は、未来を構成する要素の複雑さから予測することの難しさを認識し、複数のシナリオを作ることを推奨しています(Urry, 2016)。具体的には、最も好ましい理想的な未来だけでなく、論理的に実現しうる未来大いに実現しそうな未来も予想する(“the probable, the possible, and the preferable” futures (Urry, 2016))、というもので、予想通りに進まなかった時も、より良くするための柔軟な選択をすることができます。

正直なところ、初めは「現実とかけ離れた将来のことを考えたところで、時間の無駄になるだけではないか」と思っていました。けれども、イギリスの地理学者デヴィッド・ハーベイ(David Harvey)の、船が港を目指して出港するように、「目指すユートピアがなければ進みたい航路を決めることはできない」(Jensen & Freudendal,2012)という言葉を読んではっとしました。このユートピアン・セオリーの重要性は、静岡県裾野市東富士の街づくりなども手掛けている、デンマークの建築家ビャルケ・インゲルス(Bjarke Ingels)氏もその重要性を語っていました(Jensen & Freudendal,2012)。

以前都市景観のコンサルタントとして働いた時は、法律や条例など、制限を先に把握してその中で何ができるかということを考えていましたし、その限られた条件の中で最大限のアイデアを出すことがクリエイティブなのだと思っていました。もちろんそのような考え方も大切だと思いますが、まず制限を考えないで理想を描く、という考え方は衝撃的でしたし、そのような大胆な理論を学問の場で教えてもらえることに喜びを感じました。 また、ユートピアン・セオリーから連想したのは錬金術です。非金属から金を作ることはできなくても、その過程で燐や硝酸などの発見があり、化学が大きく発展したように、最善の未来を目指すことで得られることは数多くあるのだろうと思いました。

まとめ

全12回の授業のうち、特に心に残った箇所を厳選してお伝えしましたが、ここでお伝えしたものの他にも興味深いものが数多くありました。例えば、異なる数多くのネットワークが交差する都市空間の中で、どの交点のつながりをどのように改善するとより大きな波及効果を得られるのかという(ツボのような)「クリティカル・ポイント・オブ・コンタクト」というセオリー(Jensen & Morelli, 2014)や、公共空間にあるもののデザインで知らない人同士のコミュニケーションをいかに作り出せるかという研究(Wind & Jensen, 2019)、ドローンを活用した3次元のゾーニングのアイデア(時間帯に応じて規制内容が変わるなど)(Sipus, n.d; Jensen, 2016)などにも感銘を受けました。そして何より、都市空間と人の経験との関係について、これだけたくさんの研究が行われていることに大変励まされました。

モビリティを「流れ」として考えると、ある一時点における人やものの流れだけでなく、時間軸における都市の変化としての「流れ」も見えてくる、ということがとても興味深かったですし、小さなものから大きなものまで、様々なもののネットワークで都市が成り立っている(Jensen, 2013)、ということも都市に対する新たな視点に繋がりました。

景観のコンサルタントとして働いていた際、「色自体に良い色も悪い色もなくて、その色が良く見えるか否かは周りのものとの関係性によって決まる」という話を聞いて感銘を受けたことを思い出したのと同時に、都市デザインは関係性のデザインである、というヤンセン氏の言葉に深く同意しました。

ここで学んだことを糧に、多くの人への影響を持つ都市デザインという分野で、どれだけの人のより良い経験を創り出していけるのか、さらに追及したいと思いました。

参考文献

Friedman, J. (2002) The Prospects of Cities, Minneapolis: University of Minnesota Press.

Jensen, O. B. & M. Freudendal Pedersen. (2012) Utopias of Mobilities, in M. H. Jacobsen & K. Tester (eds.) (2012) Utopia: Social Theory and the Future, Farnham: Ashgate.

Jensen, O. B (2013) Staging Mobilities. Taylor and Francis.

Jensen, O. B & Nicola Morelli (2014) ‘Critical Points of Contact‐Exploring networked relations in urban mobility and service design’. Danish Journal of Geoinformatics and Land Management. 46(1), p36-49.

Jensen, O. B. (2016) Drone city – power, design and aerial mobility in the age of ‘smart cities’. Geographica Helvetica. [Online] 71 (2), 67–75. Available at: https://gh.copernicus.org/articles/71/67/2016/ (Accessed: 9 July 2021).

Jensen, O. B., Lanng, Ditte Bendix. & Wind, Simon. (2017) ‘Mobilities Design: On the way through unheeded Mobilities spaces’. in: URBAN MOBILITY – ARCHITECTURES, GEOGRAPHIES AND SO-CIAL SPACE: Proceeding Series 2017:1. Bind 2017:1 Nordic Academic Press of Architectural Re-search, 2017. pp. 69-84.

Jensen, O. B. (2019) ‘Dark Design’. Mobility Injustice Materialized, in N. Cook & D. Butz. (eds.) (2019) Mobilities, Mobility Justice and Social Justice, London: Routledge, p 116-128.

Latour, B. (2005) Reassembling the social. An introduction to Actor-Network-Theory, Oxford: Oxford University Press.

Mitchel Sipus (n.d.) Social Robotics [online]. Michel Sipus. Available at: http://www.sipusdesign.com/drone-zoning-1 (Accessed: 9 July 2021).

Simon Wind & Jensen, O. B (2019) ‘Feedback Urbanism at Play: Formation of Publics through Playful Friction in Urban Interfaces.’ In Urban Interfaces: Media, Art and Performance in Public Spaces, edited by Verhoeff, Nanna, Sigrid Merx, and Michiel de Lange. Leonardo Electronic Almanac, 22(4).

Urry, J. (2000) Sociology beyond societies : mobilities for the twenty-first century. London: Routledge.

Urry, J. (2016) What is the Future?, Cambridge: Polity Press.

Verbeek, P-P. (2005) What things do. Philosophical Reflections on Technology, Agency, and Design, University Park: The Pennsylvania State University Press

Yaneva, A. (2009) Making the Social Hold: Towards an Actor-Network Theory of Design. [online]