家の前庭という身近な空間から地域の暮らしを良くできないか考えた

コミュニティ

デンマークに来る前、大きな衝撃を受けた調査があります。

それは前庭という半私的な空間があると、人々が街路で社会的な行動を多く取るようになる、という、ヤン・ゲール氏とメルボルン大学の研究グループによる調査です(ゲール&スヴァア,2016)。それまでコミュニティが活性化するような、社会的役割を果たす空間、というと、広場や街路など私有地外の場所ばかりを想像していたので、私有地内の庭が影響を与えるということに驚きを感じました。

渡航後、前庭のどういう点が具体的に良いのか、ということや、前庭を活用することで効果的・効率的に地域の人の心身の健康を促進できるのではないか、ということを考えたので、記事にしました。

前庭のある住宅地(デンマーク・オールボー)
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ヤン・ゲール氏の調査の概要 – 前庭の社会的役割

まず初めに、調査の概要(ゲール&スヴァア,2016)について簡単にお伝えします。

・場所 オーストラリアのメルボルン、旧市街地と新市街地の17の街路
・目的 街路の物理的な条件(街路空間のデザイン、前庭、建築物の正面のデザインなど)と街路空間で起きる行動との関係を明らかにすること
・方法 行動マッピング(どこで何をしていたかを地図に落とし込んだもの)、観察日誌
・期間 1976年4月から5月
・結果 低いフェンスで囲われた前庭のある住宅地の街路では、芝生で囲われた(半私的空間のない)住宅地の街路よりも社会的な行動(食事をする、レクリエーションを楽しむなど)が多くみられた。

その後の類似研究では、1977年にカナダのウォータールーとキッチナーで街路での活動の89%が半私的な境界付近で行われていることが確認されたり、1982年にはデンマークのコペンハーゲンで前庭のような「柔らかなエッジ」を持つ住宅地の街路の活動水準が、前庭のない「硬いエッジ」の街路よりも2-3倍高いことが確認されたりと、前庭のような半私的空間が人々の街路での活動に重要な役割を果たしていることが明らかになりました。(ゲール,2016)

またメルボルンでの調査は社会にも影響を与え、前庭を壁やフェンスで囲って孤立した空間にしないことを保証するための建築規制が厳しくなったり、大規模で集中した高層の複合施設よりも前庭付きの低層住宅を建てやすいように公共住宅の規制が変わったそうです。(ゲール&スヴァア,2016)

タウンハウスでの実践結果 – 2つの鉢植えからの庭づくり

筆者が住んでいるのは、タウンハウスと呼ばれる日本の長屋のような集合住宅で、これはメルボルンでの調査で多くの社会的な活動が見られた街路にあった集合住宅と同じです。各世帯の玄関先には半私的な空間があり、主に見られる活動は休憩する、日光浴をするなどで、これもメルボルンでの調査と近似しています。

郊外の住宅地で多く見られる、タウンハウスが連なる区域(デンマーク・オールボー)

筆者はガーデニングに関して全くの初心者なので、玄関先に小さな花の鉢を二つ置くことから庭づくりを始めました。

玄関先の鉢植え(デンマーク・オールボー)

こんな少しの行動で効果があるのだろうか…という気持ちもあったのですが、効果は早速次の日に現れました。引っ越してから一週間ほど、それまでは挨拶しかしたことのなかった隣の人が、玄関先の花を見て「あなたの花?かわいいね!」と話しかけてくれたのです。

その後は、花を中心に自然と話が発展し、簡単な自己紹介(最近引っ越してきてガーデニングについて初心者であること、来月から近くの学校に通うことなど)をしたり、その方の背景(何年くらいここに住んでいて、現在のような庭になったのか)についても大まかに知ることができました。

この会話をしてからは相手の方との距離がとても近くなった感覚があり、分からないことを訪ねたり、安全について気にかけてもらえたりと、日本の一般的なアパートに住んでいた時よりもずっと近所の方と会話をしているな、と思うようになりました。

実践結果の考察 – 前庭の要素ごとの考察

こうした体験などを踏まえ、前庭について要素ごとに考察しました。

1. 柔らかなエッジ

前出の調査では、私的空間との視覚的なつながりが街路の活動に大きく影響するため、低いフェンスのような柔らかなエッジがあることの重要性が繰り返し書かれていました。(ゲール&スヴァア,2016)(ゲール,2016)実際に経験してみると、普段の生活の中で、意識せずとも近所の人のゆったりとした暮らしぶりを見ることができるため、自然と親近感を抱くようになりました。ちなみに、都市の規模の差によるものなのか、オールボーの前庭の外観には若干の違いが見られました。まずフェンス自体があまり多く見られず、庭の植栽や、建植式の郵便受けでよりゆるやかに境界を示しているものが大半でした。フェンスで囲っている場合でもその高さは前出の調査のものよりさらに低く、メルボルンのものが胸の高さほどあるのに対して、オールボーでは腰の高さほどと、前庭で椅子に座っている居住者の顔をはっきり認識できるほどの高さとなっていました。

2. 街路より一段高い前庭

これは建物によって異なるのですが、タウンハウスの中には前庭が街路よりも一段高くなっているものが見られます。多くの前庭でガーデンチェアやガーデンテーブルが見られ、歩いていると住んでいる人がくつろいでいる光景を良く目にします。その時に一段高い前庭にいる人に対しての方が、目線の高さの差が少なく、見下ろしている感じがしないため、挨拶しやすいと感じました。(バリアフリーの視点で考えると、段のつくり方には工夫がいるのかもしれませんが。)

街路より20センチほど高くなった前庭(デンマーク・オールボー)

3. 歩行者最優先の街路

ヤン・ゲール氏は、「前庭や屋外テラスが設けられていても、道路を自動車が占領している地区では、家の前でゆっくりしている人がほとんどいなかった」(ゲール,2016)と記しています。この視点から見ると、タウンハウス周辺の街路が歩行者を最優先にしていることが分かりました。まずタウンハウスがある街区の境界には車止めが設けられており、外部から車が侵入できる場所がごく一部に限られています。また駐車場は各家の前でなく、住宅のある街区に隣接する形でまとめて設けられているため、駐車場や車庫によって街路と前庭の連続性が絶たれることがありません。さらに街路には断続的にハンプと呼ばれる凸面があり、多くの場合、自動車だけでなく自転車もスピードを落とすような作りとなっています。(写真では道の左端にはハンプがありませんが、道の両端までハンプがあるところもあります。)

住宅地内で見られるハンプ(デンマーク・オールボー)

オールボーでも自転車は良く見かけますが、地方都市となると長距離の移動が多く、車も重要な交通手段の一つであるため、こうした配慮の有無で前庭の様子も大きく変わるのではないかと思いました。

4. 花

前出の体験から、庭の要素の中でも花が果たす役割はとても大きいのではないかと感じました。まず、花が共通の花が共通の話題になるので、初めて話す時でも話を発展させやすいといえます。スーパーの店頭には必ずガーデニングコーナーがあるほど住んでいる人の関心が高いので、無難な話題になるだけでなく、それぞれの人が何らかの理由をもって選んでいるので、相手の様子を見ながら話題を広げていくことができます。次に、水やりなどのために、庭に出る機会が増えます。水やりにかかる時間はごくわずかですが、「数多くの短い時間の出来事が、より大規模で長時間の出来事のために間違いなく必要」(ゲール,2016)との言及もあり、出かける用事がなくても庭に出る機会が増える、というのは重要な点だと感じました。最後に、花によって通る人の関心を引くことができます。色の心理効果で「誘目性」というものがあるのですが、これは一言で言うと色の目立ちやすさのことで、一般的に寒色系より暖色系の方が、そして鮮やかな色の方が誘目性が高く、目立ちやすい色となります。(東京商工会議所,2012)ピンクや黄色などの花の色は、周辺の緑や外壁色よりもずっと誘目性が高いため、通る人の目を引き付けることができます。そして通りに花が多くあることは、柔らかなエッジが必要とする、「見たり触れたりするものが豊富にあり、歩みを緩め、時には立ち止まりたくなる」(ゲール,2016)ということとも重なります。

思い返すと、花が会話のきっかけになる、というのは以前にも感じたことがありました。ある日曜の午後、神奈川県横浜市にある旧市庁舎前のくすのき広場に行った時のことです。くすのき広場は1970年代に整備された歩行者優先道路の先駆けとなる通りなのですが、見ていると、広場に差し掛かると同時に人の歩行スピードが緩やかになり、ゆっくり花壇に目をやったり、花壇に近寄って花に触れながら新しい会話を始めたり、という光景を何度も目にしました。もちろん、広場自体が人がくつろげるよう設計されていたからこそのことだと思うのですが、わずか30-40分ほどの間でも通行するほとんどの人の行動に何らか変化が見られたことがとても印象的で、豊かな植栽が加わることによる相乗効果に大変驚きました。

豊かな植栽がみられるくすのき広場(日本・神奈川)
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前庭の更なる可能性 – 心身の健康促進

オランダで行われた調査(Jolanda et al. 2009)で、住んでいる所から半径1km圏内の緑の面積が多いほど、心身の健康が促進された、という調査がありました。(驚くことに、半径3km圏内の緑の面積と心身の健康には、相関性が見られませんでした。)

またこの調査では、人との接触回数の増減に関係なく、緑の量が増えるほど「寂しさ」を感じなくなった、と書かれています。その影響は都市部に住む人と、65歳以上の方、12-25歳の若者(注1)が特に強く受けていました。年齢層の偏りについては、自分で遠くに行く手段があまりないためと考えられる、と書かれているのですが、コロナ渦で誰もが自宅にいる時間が増えている今、年齢層による違いは少なくなっているのではないかなと感じました。自粛期間中にガーデニングがとても人気だった、というニュースを耳にしましたが、これも人が無意識のうちに身近な緑で寂しさを和らげようとしていたからではないかなとも思いました。

これらのことから、前庭という最も身近な場所の緑を活用することで、地域の人の心身の健康まで促進できるのではないかと考えるようになりました。(注2)

まとめ

オランダの調査では緑の面積に着目していましたが、緑の質も人の認識に大きな影響を与えるのではないかということが書かれていました。

今まで「庭」というと「人の土地」「自分の土地」という意識が強くありましたが、前庭のエッジ越しに人が交流する光景を多く目にするうちに、身近に接することができる前庭が増えれば、その人にとって、周辺の緑の質が向上し、心理的に緑の面積が増えることに繋がるのではないか、と思うようになりました。

公園や広場を整備するには場所や予算の確保など、様々な課題がありますが、家の前の庭であれば、既存の土地を活用して、少ない労力で望ましい結果を得ることが期待できます。ヤン・ゲール氏も「家の前の1平方メートルの方が、街角の向こうの10平方メートルよりも使いやすく、頻繁に利用されている。」(ヤン,2016)としていますし、大きな公園や秀逸な公共空間ばかりを求めるのではなく、「家の前の庭」という一番身近な場所の緑をいかに充実させ、互いの垣根を低くしていくか、ということにより注力する必要があるのではないかと思いました。

またオランダの調査では、半径1km圏内の緑が多いほど「社会的なサポートの不足」を感じにくくなった(Jolanda et al. 2009)ということも報告されています。(これも「寂しさ」の調査と同じく、都市部に住む人と、12-25歳の若年層及び65歳以上の層で強い相関性が見られたそうです。)個人的な考えですが、例えば高齢の方に社会的なサポートをしたいけれど、人手がなかなか足りない、公共空間の整備などは予算的に難しい、という地域ほど、前庭という身近な緑を充実させることによるメリットが大きくなるのではないかと考えました。

以上となります。長文にお付き合いくださり、大変ありがとうございました。

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注釈

注1 健康状態の調査は、対面のインタビューによって行われたため、11歳以下の人は被験者となっていません。また年齢層、地域のほかに、所得・学歴(どちらも低いほど緑の影響を受けやすい)による違いも調べられました。

注2 オランダの調査は広範囲を対象にしていたため、25m四方以上の面積のあるもののみを緑としてカウントし、庭先の緑や街路樹のような小面積の緑は考慮していなかったのですが、先行するシカゴの調査(Coley et al. 1997)では街路樹などの身近な緑に注目しており、オランダの調査のまとめでも小面積の緑を考慮できなかったことを今回の調査の限界として記載しています。

参考文献

Coley, Rebekah Levine, William C Sullivan, and Frances E Kuo (1997). “Where Does Community Grow?: The Social Context Created by Nature in Urban Public Housing.” Environment and Behavior 29.4 : 468–494. [online]. Available at: https://kbdk-aub.primo.exlibrisgroup.com/permalink/45KBDK_AUB/159qapk/cdi_gale_infotracacademiconefile_A19656736 (Accessed: 08 October 2020)

Jolanda Maas, Sonja M.E. van Dillen, Robert A. Verheij, Peter P. Groenewegen (2009). “Social contacts as a possible mechanism behind the relation between green space and health” Health &Place :15 : 586-595. [omline]. Available at: https://kbdk-aub.primo.exlibrisgroup.com/permalink/45KBDK_AUB/159qapk/cdi_gale_infotracacademiconefile_A191400762 (Accessed: 27 September 2020)

東京商工会議所(編)『カラーコーディネーター検定試験 2級公式テキスト(第3版)カラーコーディネーション』(2012)東京商工会議所検定センター,p.9,220,221

ヤン・ゲール&ビアギッテ・スヴァア 鈴木俊治・高松誠治・武田重昭・中島直人(訳)『パブリックライフ学入門』(2016)壮光舎印刷,p.108-109

ヤン・ゲール 北原理雄(訳)『人間の街 公共空間のデザイン』(2016)鹿島出版会,p.87-96